大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)968号 判決

原告

中村守恵

右訴訟代理人

石井嘉夫

稲田寛

中村浩紹

恵古シヨ

被告

株式会社新潟日報社

右訴訟代理人

宮原守男

右訴訟代理人

河合弘之

主文

原告の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告は日本女子プロレスリング協会(以下「日本女子」と称す)の会長であり、被告は「新潟日報」を発行している新聞社であること、被告が、昭和四四年一一月二三日、同日付「新潟日報」に、女子プロレスに関する本件記事を掲載、発行したことは、いずれも当事者間に争いがない。

新聞記事の掲載によつて、名誉が毀損されたか否かを判断する基準は、一般読者が通常用いる注意と読み方に求められるべきであり、それによつて、人の社会的評価を害するおそれのある状態が発生せしめられたときは、名誉毀損行為がなされたというべきである。そして本件記事を検討すると、これを読んだ一般読者は、一方において、女子プロレスのあるべき姿勢について関心をいだくと共に、本件記事の内容をなす、ギャラの不払いとか序列問題とかトルコブロでのアルバイトとかの女子プロレス内部の「みにくい争い」の原因が「日本女子」の会長である原告にあると理解するであろうことは、容易に認められるところである。従つて、本件記事の掲載、発行によつて、原告の社会的評価は当然害されるといえるから、右記事は原告の名誉を毀損するものと認めるべきである(なお原告は本件記事により信用及び名誉を毀損された旨主張しているが、名誉は人に対する社会的評価であり、信用についての評価を含むものであるからこれを別個に判断する必要はない)。

二しかし、右事実から、直ちに、被告が原告に対し、名誉毀損の責任を負うべきであると速断することはできない。何故なら、何人も、自己の名誉、すなわち、その社会的評価を不当に毀損されるべきではなく、不当な侵害から保護されるべきは勿論であるが、それと共に、何人も言論の自由を有し、自己の判断するところを自由に発表する権利を保障されなければならないからである。名誉毀損の責任を負うべきか否かは、この矛盾、衝突し易い二つの要請の調和のうえに求められなければならない。

そこで、この両者の関係についてさらに検討すると、言論・出版の自由は民主々義社会の基本的な前提の一つであり、その中には「論評の自由」すなわち、何人も、一定の事実に基づいて、自己の評価を発表する権利を包含している。

従つて論評記事によつて論評の対象となつた者が社会から受ける評価を低下させる場合でも、「論評の自由」との関連において名誉毀損の責任を問われない場合があるというべきである。そしてその要件を考えるに当つては、論評が公正であることを要するのは勿論であるが、「公正」といいうるためには必ずしも常に客観的な公正さであることを要請されない(例えば芸術的作品の評価については何が客観的に公正であるか決定することができないであろう)と同時に、論評の前提となる事実についてもそれが全くの虚偽であつてはならないが、だからといつて、すべてにわたつて、客観的に真実であることまでも要求すべきでない。そうでなければ「論評の自由」を認めないに等しい結果を招来する虞れがある。他方「論評の自由」は公共の利害或は一般公衆の関心事である事項について認められるのであつて、私生活の曝露や人身攻撃を許容するものではない。ことに論評が新聞記事によつてなされる場合、読者啓蒙、社会正義実現などの使命感の行き過ぎが、人身攻撃による個人の名誉侵害を起しかねない。それが強大なマスコミニュケーションの前には殆ど無力に等しい個人を社会的に抹殺しかねないことが留意されるべきである。

三以上検討したところから新聞の論評記事によつてなされた本件における名誉毀損による不法行為の成否の基準は次のところに求められるべきである。

すなわち、(イ)論評の前提をなす事実が、その主要な部分について真実であるか、少くも、真実であると信ずるにつき相当の理由があること、(ロ)その目的が、公的活動とは無関係な単なる人身攻撃にあるのではなく、それが公益に関係づけられていること、(ハ)論評の対象が、公共の利害に関するか、または、一般公衆の関心事であること。これら(イ)(ロ)(ハ)三つの要件を具備する場合には、その論評によつて、人の名誉を毀損しても、論評者はその責任を問われるべきではない。

以下に、右の基準に基づいて、被告の不法行為の成否について判断する。

四まず、本件記事の主要な内容は、(イ)「日本女子」には、原告のワンマン・システムによる内紛が絶えないとして、幾つかの具体的事実を摘示し、(ロ)右事実を「全日本女子」と比較し、(ハ)女子プロレスは「ストリップと紙一重」といわれていると指摘し、(ニ)その根本的な原因も、原告のワンマン・システムによつて運営されている「日本女子」の内紛にあるのではないだろうかとの論評を加えている。

そこで、第一に、本件記事に摘示されている幾つかの具体的事実の主要な部分について、それらが真実であるか、少くも真実であると信ずるにつき相当の理由があつたといえるかについて検討する。

(一)  「日本女子」では、ギャラの不払いや支払いの遅れがあつたか否か。

<証拠略>を総合すれば、昭和四四年夏頃、中島まゆみ(本名中村令子)小畑千代などに対し、ギャラや契約金の支払いの遅れなどがあつたこと、小畑がそれを不満として原告と口論になつたこと、その後、中島や小畑が「日本女子」から脱退したこと、その他の選手もギャラの不払い、もしくは、支払いの遅れに対して不満をもたらしていたこと、協会の役員についても、その立替金の支払いがなされなかつたり、遅れたりしたことなどの各事実が認められ、これらに反する<証拠略>は信用できない。

(二)  人気の序列問題で「日本女子」内に争いがあつたか否か。

<証拠>を総合すれば、「日本女子」における選手の序列は、レスラーとしての実力を基準に決定されるものではなく、チャンピオンだつた選手が突然三段階くらい下げられたりすること、それに対して選手が不満をもたらしていたことなどの各事実が認められ、選手に不満はなかつたとする<証拠>は信用できない。

(三)  昭和四四年八、九月頃、当時「日本女子」に所属していた女子プロレスラーの若葉かおる(本名石川みどり)は金策に苦労して、トルコブロでアルバイトをしていたとの事実は認められるか否か。

昭和四四年八、九月頃、若葉が「日本女子」に所属していたこと、その頃、同人が千葉駅前の「田園トルコ」でアルバイトをしていたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、それが金策のためであつたか否かについて判断するに、<証拠>によれば、若葉はレスラーになる以前、トルコブロで働いていたことが、また、<証拠>によれば、協会内部に内紛のあつたことがトルコブロで働く一つの原因になつたことが各認められ、これらの事実に照らせば、<証拠>はあるけれども、「絶えず金策に苦労し」たことが原因で、若葉がアルバイトをしていたとするには十分ではない。

しかし、本件記事において、この若葉がアルバイトをしていたということは、「日本女子」の内紛の一つの具体的な事例として掲記されているにとどまること、何が原因かということは、事実というより一つの評価であること、などの事実に照らせば、その原因の真実性が証明されなくとも、主要な部分についての真実性の証明がなされたものというべく、また少くとも前記認定の諸事情のもとでは、取材、執筆した訴外竹内宏介記者、従つて被告において、その原因が金策に苦労したことにあつたと信ずるについて相当の理由があつたというべきである。

なお、この若葉のアルバイトに関し、原告の主張するところは、原告が若葉にトルコブロでアルバイトをさせていたとの内容であるが、それは虚偽であるというにあるけれども本件記事には、そのような事実は記載されていない。唯、本件記事によれば、その根本的な原因は原告のワンマン・システムによる運営にあるとしている。しかしこれは事実というより、単なる論評であつて、この点については、後に検討する。

(四)  何ケ月もギャラが支払つてもらえないために、負傷しても病院にも行くことができない選手がいたとの事実は認められるか。

<証拠>を総合すれば、昭和四四年九月頃、当時「日本女子」所属の小人レスラーのスマイリー・キング(本名上田欣二)選手が負傷したこと、同人は、原告の指示に従つて浜松の病院に入院したのでは十分に治療が受けられないと考えて、東京の病院に入院したことがいずれも認められるが、浜松市の病院に入院しなかつたのが、何ケ月もギャラが支払つてもらえなかつたからであるとの事実を認めるに足る証拠はない。

従つて「何カ月もギャラを払つてもらえないため、負傷しても病院に行くことができない選手がいた」との事実については真実性の証明がなされたとはいえない。しかし<証拠>によれば、スマイリ・ーキング選手は竹内記者に対し、原告の治療費の支払が遅れていたし、浜松市に行くと原告の経営するキャバレーのボーイなどをさせられて思うように治療が受けられないと洩らしていたことが認められ、また、すでに認定したように「日本女子」においてはギャラの不払いや支払いの遅れが数多くあつたことなどを合わせ考えると、訴外竹内宏介記者、従つて被告において右記事掲載の事実が真実であると信ずるについて相当の理由があつたというべきである。

なお、この点に関し、原告の主張するところは、原告がスマイリー・キング選手を病院に入院させなかつたとの虚偽の事実が記載されているというにあるが、本件記事はそのような内容までは含んでいない。唯、その根本的な原因を、原告のワンマン・システムによる運営ということに帰すべきであるとしているけれども、これは事実というより単なる論評であつて、この点については後に検討する。

(五)  「日本女子」における原告の運営の仕方に反対して四ケ月以上も試合に出場しなかつた選手がいたとの事実は認められるか。

<証拠>を総合すれば、前記中島は、契約通りに金銭を支払つてもらえないことを不満として、四カ月以上の期間、試合に出場しなかつたとの事実が認められる。

この点について、<証拠>は、原告は、中島の不行跡を慮つて金銭を支払わなかつたのであると供述している。しかし、それが事実であるとしても、不払いを正当化する根拠にはならないし、本件記事掲載事実の真実性に何ら影響するものではない。

(六)  「日本女子」は原告によるワンマン・システムで運営されていたか否か。

ワンマン・システムであつたか否かということは事実の問題というよりも、より多く評価の問題であるが、<証拠>を総合すれば、「日本女子」は昭和四二年に原告によつて設立されたものであること、その運営は明確な組織によつてなされているものではないこと、原告の運営の仕方に反対する人々によつてあらたに「全日本女子」が設立されたこと、「日本女子」の内部で、原告はワンマンであると評されていたことなどの各事実が認められ、右認定に反する<証拠>は信用できない。そして「日本女子」には幾つもの内紛があつたことは、すでに認定したところである。

(七)  女子プロレスが「ストリップと紙一重」といわれるような事実があるか否か。

本件記事は、『女子プロレスが「ストリップと紙一重」といわれるのは、根本的にはこんなところに問題があるのではないだろうか』という形式で女子プロレスが「ストリップと紙一重」であると伝えられていると指摘すると同時に、その原因が原告のワンマン・システムで運営されている「日本女子」の内紛にあるのではないだろうかと論評している。本件記事では「といわれる」という文言を使用しているが、風評の形式でなされた場合でも、一般読者の通常の注意と読み方に従えば、一般読者は「といわれる」とされた具体的事実――本件では、女子プロレスはストリップと紙一重――について実在を信ずるであろうと認められるから、その真実性についての証明がなされなければならない。

ところで、<証拠>によれば、「日本女子」は、原告の経営するストリップ劇場「金馬車」や高岡市のストリップ劇場「中央劇場」その他のストリップ劇場で開催されており、女子同士のみならず、女子と小人の男子との試合も行われていたこと、女子プロレスがテレビ放映期間中でもストリップ劇場での開催は続けられたことなどが認められ、右認定に反する<証拠>は信用できない。

右の認定事実によれば、社会通念上「女子プロレスはストリップと紙一重」といわれるような事実が存在すると認めるのが相当である。

以上(一)ないし(七)に認定したところによれば、本件記事において論評の前提をなす事実の主要な部分は真実であるか少くとも真実であると信ずるにつき相当の理由があつたというべきである。

五ところで、「日本女子」がワンマン・システムで運営されていたか否かはより多く評価の問題であり、また内部の争いの原因、更には女子プロレスは「ストリップと紙一重」といわれることの原因がそのワンマン・システムにあるか否かは評価の問題であつて、その評価の前提をなす事実が前記認定のとおり、真実であるか、少くとも真実と信ずるにつき相当の理由があると認められる以上その評価が、客観的にも公正であるか否かは、すでに説明したことから明らかなように被告において不当に原告を貶める動機・目的があつたか否かを認定する程度で検討すべきである。

そしてワンマン・システムということに関する幾つかの事実については、すでに認定したところであり、それらによれば「日本女子」が原告のワンマン・システムで運営されているとか、その内紛の原因がそこにあるとかの評価を下すことから、被告の不当な動機・目的を導き出すことはとうていできない。

もつとも女子プロレスが「ストリップと紙一重」といわれるのが、根本的には、原告のワンマン・システムによつて運営される「日本女子」の内紛にあるとする論評の結論部分には、いささか論理の飛躍を感ずるが、そのような評価も経営の適正を期することによつて女子プロレスの健全化をはかることができるとする趣旨とすれば不適切とはいえないし、「根本的にはこんなところに問題があるのではないだろうか」という問題提起にとどまつていることからも不当な動機、目的をもつた公正さを欠く論評とはいい難い。

六本件記事執筆、掲載についての動機・目的に関しては、さらに、<証拠>によれば、同人は、「プロレス記者クラブ」に所属するプロレス専門の記者であり、女子プロレスについても、昭和四二年「日本女子」が発足して以来、現在に至るまで、取材を継続していることが認められ、これと本件記事が、地方紙としては発行部数の多い「新潟日報」に掲載されているというその発表形式とを合わせ考えると、その動機・目的は、女子プロレスが家庭においても愛されるような、健全なスポーツに発展してもらいたいけれども、現状ではとてもスポーツとはいえない、と考えたところにあつたとする<証拠>は十分に信用できる。

原告は訴外竹内の取材の仕方が一方的であるとか、「全日本女子」と比較して「日本女子」を一方的に貶めているとか主張するけれども、論評の前提となる事実の取材が常に公正でなければならないということは、名誉毀損の成否に関しては必ずしも要求されていないし、また、<証拠>によつて認められるように「全日本女子」はプロスポーツ会議に所属しているけれども「日本女子」は所属していないことなどを合わせ考えると、同訴外人の取材の仕方によつて、被告における動機・目的の不当性を認めることはできない。

以上、五及び六に検討したところから判断するに、被告における本件記事掲載の動機・目的が、原告の公的活動とは無関係な、単なる人身攻撃にあつたとみるべきではなく、一般読者の好奇心に迎合しながらも、女子プロレスの健全化という、公益に関係づけられたところにあつたとみるべきである。

七最後に、女子プロレスは、一般公衆の関心事であるか否かにつき判断するに、<証拠>を総合すると、女子プロレスは、女子のプロレスラー同士が、または、女子と小人の男子のプロレスラーとが、体育館とか、ストリップ劇場とかの公衆の面前で、レスリングの実力を競い、もしくはそれに名をかりて、一種のショーを演ずるものと認められ、右事実によれば、女子プロレスは、「一般公衆の関心事」というべきである。

八以上、四ないし七において認めたところによれば、本件記事については、(イ)論評の前提をなす事実が、その主要な部分について真実であるか、少くも真実であると信ずるにつき相当の理由があつたこと、(ロ)その掲載の目的が公益に関係づけられていること、(ハ)女子プロレスが一般公衆の関心事であることが各認められ、以上の事実によれば、被告は本件記事によつて名誉毀損の責任を問われないというべきである。

従つて原告の本訴請求は、いずれも失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(竹田稔 荒川昂 田中優)

テレビの俗悪番組の第三位にあげられて各方面の話題をさらつている女子プロレス。相変わらず主婦連などからの突き上げは強烈だが、それに反して視聴率の方は下がるどころか上がる一方。不人気も人気のうちということを実証する好例である。だが、こうした周囲の人気とは裏ハラに冷たい内紛は日増しに高じてきている。現在日本には女子プロレスリング協会(会長中村守恵)と全日本女子プロレスリング協会(会長松永高志)の二つの団体があるが、分家ともいえる全日本女子プロの方が選手との話し合いを中心に、スケジュールやギャラの折り合いをつけているのに対し、本家である日本女子プロのほうは、みにくい争いが絶えない。

そもそも、このような結果を生んだのは、日本女子プロが中村会長のワンマン・システムでスタートしたためで、ギャラの不払いに始まり、人気の序列問題、選手のアルバイトなど、協会内部は絶えずゴタゴタが続いているという。

何カ月もギャラを払つてもらえないため、負傷しても病院にも行くことができない選手、絶えず金策に苦労し「試合のない日にはトルコブロでアルバイトをしている」という選手……さらには、会長のやり方に反対して四カ月以上も試合に出場していない選手など不満に満ちあふれているのが日本女子プロの現状だ。

こうした反面、月に百万円以上もかせぐ花形スターもいると聞く。女子プロレスが「ストリップと紙一重」といわれるのは、根本的にはこんなところに問題があるのではないだろうか。

二 <略>

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